内観体験記 大谷 栄徳
僕が初めて「内観」と出会ったのは、妻のうつ病と摂食障害(過食症)の治療を血眼になって模索していたときでした。
当時、妻が僕の知らないところで、怪しいご祈祷に手を出し、万単位のお金を支払っていたこともあって、「内観」の第一印象は「怪しい」、というものでありました。
「内観療法」という文字・言葉が「悪徳商法」に思えて仕方ありませんでした。
「内観療法」とは何なのか、その内容を聞けば聞くほど、納得できるものではなく、「怪しさ」だけが募っていきました。
妻の父親の強い薦めもあって、否応なく妻の内観が始まりました。
「己を見つめ、親、子、兄弟、姉妹、叔父、叔母、恩師、友人にしてもらったこと、お返ししたこと、迷惑をかけたことを悟る。」、たったそれだけのことで鬱病と摂食障害が治るものなのか。
当時は、疑心暗鬼の固まりであった自分にとって、弱者の心につけ込む悪質な商売としか思えませんでした。
一週間も連絡が取れない、会えないという条件が、ますます疑いを大きくし、不満もどんどん募っていきました。
僕自身にとって、久しぶりの穏やかな生活だというのに、心ここにあらずの日々を過ごしました。
一週間後、これまで親に対し、恨み辛みの言葉を叱咤していた妻が、親に対し、謝辞を述べるようになり、その変わり果てた妻の姿に驚愕を抱きました。
これがきっかけとなって、「内観」を受け入れられるようになりました。
ある意味、本当の出会いは、このときだったのかもしれません。
と、同時に、「内観」に対する「恐怖」も芽生えたのです。
その根源は、「自分が変わる」ということです。
「内観をしてみませんか?」
と、声をかけられたときは、自分自身が、妻のように変化したらと思うと、とても恐ろしく、有耶無耶に理由をつけ、逃げ続けてきました。
以来、内観を体験するまでに2年もの時間がかかってしまいました。
その2年の間は、妻と毎月、真栄城先生の下で、治療の一環としてカウンセリングを受けてきました。
2005年2月、妻が妊娠したとき、秘かに「内観への決意」を心の奥底に持つことが出来ました。
その決意をもったきっかけは、やはり自分が親になるにあたり、自分をもう一度、見つめたいとおもうようになったからです。
「内観をしてみませんか?」
以前と同じ問いかけに、今度は「やります。」と答えたとき、妻がものすごく喜んでいました。
あのときの笑顔は生涯忘れることはないでしょう。
7月、24歳を迎えてすぐ、一週間の内観に挑みました。
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